タグ「「頻繁な訪問」伝説」を含む投稿[7件]
筑摩書房「校本宮澤賢治全集」「【新】校本宮澤賢治全集」の年譜にある高瀬露さんに関する記述「しかし彼女の情熱が高まると共に賢治の拒否するところとなった。顔に墨を塗って「私はライ病ですから」といい、高瀬はあまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え、それを知って関家に釈明にいき、父から説教を喰う結果となった」
「あまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え」という表現に露さんへの悪意を感じるなぁ…。
露さんの行動は、ただ単に「賢治がハンセン病に罹っているのは本当なのかどうかを親類縁者に問い合わせた」だけなんじゃないかと思うんだけど。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
「あまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え」という表現に露さんへの悪意を感じるなぁ…。
露さんの行動は、ただ単に「賢治がハンセン病に罹っているのは本当なのかどうかを親類縁者に問い合わせた」だけなんじゃないかと思うんだけど。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
森荘已池は「花巻の西方の村(遠いところ)で小学校の先生をしている女性が日に二度も三度も(賢治を)訪ねてくる」という部分が「ものすごく雑な設定」であると気づかなかったんだろうか。そして「様々な設定の綻び・すぐに分かる虚偽」を誰かに指摘されるという想定はしていなかったんだろうか。
今となってはもう叶わないことですが「森に直接『様々の設定の綻び・すぐに分かる虚偽』を指摘したら彼はどういう反応をするんだろう」などと考えてしまいます。
#「悪評」関連 #「頻繁な訪問」伝説 #森荘已池
今となってはもう叶わないことですが「森に直接『様々の設定の綻び・すぐに分かる虚偽』を指摘したら彼はどういう反応をするんだろう」などと考えてしまいます。
#「悪評」関連 #「頻繁な訪問」伝説 #森荘已池
「高瀬露さんは宮沢賢治に片思いしてしつこくつきまとったに決まってるだろ」と仰る「賢治研究家」の先生方は、以下のことをきちんと証明してブログなり書籍なりで発表してください。
・「小学校の先生」という職を持っていながら「賢治のもとへ日に二度三度通う」ことができる現実的な方法
・「小学校の先生」であり「主婦」という立場で「賢治の悪口を言うためだけに」「平日」「遠野」から「汽車で数時間かかる」「花巻」まで行ける現実的な方法
・上記のような「問題行動」を起こしていながら勤務先や嫁ぎ先から何ひとつ問題視されていない現実的な理由
楽しみにお待ちしております。
念の為申し上げますが「高橋慶吾・関徳弥・森荘已池がそう言ってるから」というのは理由になりません。
#「悪評」関連 #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」
・「小学校の先生」という職を持っていながら「賢治のもとへ日に二度三度通う」ことができる現実的な方法
・「小学校の先生」であり「主婦」という立場で「賢治の悪口を言うためだけに」「平日」「遠野」から「汽車で数時間かかる」「花巻」まで行ける現実的な方法
・上記のような「問題行動」を起こしていながら勤務先や嫁ぎ先から何ひとつ問題視されていない現実的な理由
楽しみにお待ちしております。
念の為申し上げますが「高橋慶吾・関徳弥・森荘已池がそう言ってるから」というのは理由になりません。
#「悪評」関連 #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」
高瀬露さんにとって週末の重大事は「教会の礼拝への出席」であって、賢治のもとへ行くのはそのついで程度だったんじゃないかな…とふと思ってしまいました。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #完全な想像です
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #完全な想像です
下根子桜の宮沢家別宅↔高瀬露さんの勤務校だった宝閑尋常小学校の約8.5km、土地勘のない場所なので今ひとつピンとこないところがありましたので、近隣で同じくらいの距離を計測してみました。
分かりやすくなるようJRや地下鉄の駅を起点・終点にして測ったため0.3kmほど誤差が出てしまいましたが、大体の感覚が掴めました。
いやこんな距離、週6日2回ずつ歩くなんてちょっと無理やろ…という感想。
Googleマップでは徒歩約2時間と出ていましたが、いずれ実際に歩いてどのくらいの時間がかかるか見てみたいと思います。
#「頻繁な訪問」伝説
分かりやすくなるようJRや地下鉄の駅を起点・終点にして測ったため0.3kmほど誤差が出てしまいましたが、大体の感覚が掴めました。
いやこんな距離、週6日2回ずつ歩くなんてちょっと無理やろ…という感想。
Googleマップでは徒歩約2時間と出ていましたが、いずれ実際に歩いてどのくらいの時間がかかるか見てみたいと思います。
#「頻繁な訪問」伝説
宝閑尋常小学校勤務時代に高瀬露さんが受け持った児童数は最多で58名と知った時「複式学級でこんなに児童がいるの? 一人で受け持つには多くない?」と思ってしまいました。私は農村の小規模小学校出身ですが、在校していた時の全校児童数は露さん勤務時代の宝閑尋常小学校と同じくらい、それでも1学年ごと別々の教室に入っていました。
調べてみたら、1920年代と私の小学生時代では複式学級にする児童・生徒数の基準が違っていたとのこと。1920年代の教員の人数も考えれば仕方がなかったのでしょうね。
とはいえ、一人で最多58人の受け持ちは大変だったと思います。特に1・2年生となるとあまり目を離せないのではないでしょうか。
やはり距離的にも状況的にも「頻繁な訪問」は無理だと言わざるを得ません。分身の術とテレポーテーションが使えたなら可能だったかも知れませんが。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説
調べてみたら、1920年代と私の小学生時代では複式学級にする児童・生徒数の基準が違っていたとのこと。1920年代の教員の人数も考えれば仕方がなかったのでしょうね。
とはいえ、一人で最多58人の受け持ちは大変だったと思います。特に1・2年生となるとあまり目を離せないのではないでしょうか。
やはり距離的にも状況的にも「頻繁な訪問」は無理だと言わざるを得ません。分身の術とテレポーテーションが使えたなら可能だったかも知れませんが。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説
「小学校の先生をしている露さんが日に2度も3度も賢治のもとを訪ねてくる」という話を信じている人達は「賢治の住む宮沢家別宅のごく近くに露さんの勤務校があり、露さんは業間休みや昼休みを利用して訪問する」というイメージを抱いているんだろうか。
森荘已池文献にも「花巻の西方の村」と書いてあるけど、宮沢家別宅からほんの数メートル西みたいに捉えているのかな。
頻繁な訪問が可能な距離だとしても、学校の先生ってそこまで暇じゃないと思いますが。まして露さんは今で言うところの「保健室の先生」も受け持っていたから、休み時間なんてあるようでなさそうだと感じる。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説
森荘已池文献にも「花巻の西方の村」と書いてあるけど、宮沢家別宅からほんの数メートル西みたいに捉えているのかな。
頻繁な訪問が可能な距離だとしても、学校の先生ってそこまで暇じゃないと思いますが。まして露さんは今で言うところの「保健室の先生」も受け持っていたから、休み時間なんてあるようでなさそうだと感じる。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説