タグ「資料の中の気になる記述」を含む投稿[4件]
「賢治を慕う女の人がありました。勿論賢治はその人をどうしやうとも考へませんでした。その女の人が賢治を慕ふのあまり、毎日何かを持つて訪ねました。當時は羅須地人協會にたつた一人の生活をして居られたのですから、女の人も訪ねるには都合がよかつたでせう。他の人にものを與へることは好きでも、他から貰ふことは極力嫌つた賢治ですから、その女の人から食物とか花とか色んなものを貰ふたびに、賢治はどんなに恐縮したことでせう。そしてそのたびに何かを返禮してた樣です。そこで手元にあるものは何品にかまはず返禮したのですが、その中には本などは勿論、布團の樣なものもあつたさうです。女の人が布團を貰つてから益々賢治思慕の念をつよめたといふ話もあります。後で賢治は其の事のために多少中傷されました。」
関登久也(徳弥)「宮沢賢治素描」>P205「返禮」より。
最後の一文「後で賢治は其の事のために多少中傷されました」、よく読んでみると「女の人(高瀬露さん)」が賢治を中傷したとは書いていないんですよね。賢治を中傷したのは羅須地人協会の周囲に住む人々かもしれないし。
「後で賢治は其の事のために(人物)から多少中傷されました」と書いておいて欲しかったと思います。
もしかして、読者が「女の人が賢治を中傷した」と受け止めることを狙ってこのような書き方をした?…というのは流石に勘繰りすぎでしょうか。
#「悪評」関連 #資料の中の気になる記述 #関徳弥
関登久也(徳弥)「宮沢賢治素描」>P205「返禮」より。
最後の一文「後で賢治は其の事のために多少中傷されました」、よく読んでみると「女の人(高瀬露さん)」が賢治を中傷したとは書いていないんですよね。賢治を中傷したのは羅須地人協会の周囲に住む人々かもしれないし。
「後で賢治は其の事のために(人物)から多少中傷されました」と書いておいて欲しかったと思います。
もしかして、読者が「女の人が賢治を中傷した」と受け止めることを狙ってこのような書き方をした?…というのは流石に勘繰りすぎでしょうか。
#「悪評」関連 #資料の中の気になる記述 #関徳弥
筑摩書房「校本宮澤賢治全集」「【新】校本宮澤賢治全集」の年譜にある高瀬露さんに関する記述「しかし彼女の情熱が高まると共に賢治の拒否するところとなった。顔に墨を塗って「私はライ病ですから」といい、高瀬はあまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え、それを知って関家に釈明にいき、父から説教を喰う結果となった」
「あまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え」という表現に露さんへの悪意を感じるなぁ…。
露さんの行動は、ただ単に「賢治がハンセン病に罹っているのは本当なのかどうかを親類縁者に問い合わせた」だけなんじゃないかと思うんだけど。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
「あまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え」という表現に露さんへの悪意を感じるなぁ…。
露さんの行動は、ただ単に「賢治がハンセン病に罹っているのは本当なのかどうかを親類縁者に問い合わせた」だけなんじゃないかと思うんだけど。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
上田哲さん「賢治をめぐる女性たち——高瀬露を中心に」(河出書房新社「図説 宮沢賢治」)より。
「高瀬露は自分についての悪評を知らなかったわけではない。『イーハトーヴォ』創刊号の高橋慶吾の文章や第十号の関徳弥の文章に、身におぼえのないことが書かれているのを読んでいるのであった。それなのに反論も弁解もしていないのは不思議である。明らかな犯罪者でも否認したり弁解したりするのが普通である。彼女は生涯一言の弁解もしなかった。この問題について口が重く、事実でないことが語り継がれている、とはっきり言ったほか、多くを語らなかった。これは彼女がキリスト者であったことによるのかもしれない。肉体的苦痛はもちろん、貧窮、迫害、誹謗などを自分の十字架としてにない、キリストの十字架の御苦に合わせ献げるため甘受するといった考え方が昔の信者にはあった。また、どうしてこのようなうわさを流布されるようになったかを話せば傷つく人のあることも考えていたようである。」
この一文を読むたびに、短い間とはいえ露さんの悪評を信じてしまったことを大変情けないと感じ、自分の浅はかさを反省しています。
#高瀬(小笠原)露さん #「悪評」関連 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
「高瀬露は自分についての悪評を知らなかったわけではない。『イーハトーヴォ』創刊号の高橋慶吾の文章や第十号の関徳弥の文章に、身におぼえのないことが書かれているのを読んでいるのであった。それなのに反論も弁解もしていないのは不思議である。明らかな犯罪者でも否認したり弁解したりするのが普通である。彼女は生涯一言の弁解もしなかった。この問題について口が重く、事実でないことが語り継がれている、とはっきり言ったほか、多くを語らなかった。これは彼女がキリスト者であったことによるのかもしれない。肉体的苦痛はもちろん、貧窮、迫害、誹謗などを自分の十字架としてにない、キリストの十字架の御苦に合わせ献げるため甘受するといった考え方が昔の信者にはあった。また、どうしてこのようなうわさを流布されるようになったかを話せば傷つく人のあることも考えていたようである。」
この一文を読むたびに、短い間とはいえ露さんの悪評を信じてしまったことを大変情けないと感じ、自分の浅はかさを反省しています。
#高瀬(小笠原)露さん #「悪評」関連 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
上田哲さん「「宮澤賢治伝」の再検証(二)ー<悪女>にされた高瀬露ー」にて「本年(引用者注・1996年)三月河出書房新社から出した共著『図説宮沢賢治』に高瀬露の写真を載せたいと思い高瀬家を継いだ実弟の妻女の方(花巻市に在住)に手紙で趣旨を申上げ写真の提供をお願いしたが御返事がなかった」との記述があります。
高瀬家側の「賢治研究関連に対する強い拒絶の姿勢」に「過去に賢治研究家(もどき)たちは悪評のバラマキの他にも、高瀬家に対して色々と失礼を働いてきたのでは?」と思ってしまいます。
(悪評のバラマキだけでも相当なやらかしではありますが)
#資料の中の気になる記述
高瀬家側の「賢治研究関連に対する強い拒絶の姿勢」に「過去に賢治研究家(もどき)たちは悪評のバラマキの他にも、高瀬家に対して色々と失礼を働いてきたのでは?」と思ってしまいます。
(悪評のバラマキだけでも相当なやらかしではありますが)
#資料の中の気になる記述